お侍様 小劇場 extra

     お散歩、仔猫 〜寵猫抄より
 


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 なんのかんの言って、結局は暖かい期間の長い今年の冬で。だからと油断していると、思わぬ不意打ち、随分と落差の激しい底冷えに襲われるのが堪らないけれど。会社などの勤め先へ毎日通う訳じゃあない、基本、屋内にて過ごすことが多い身には、そういった細かい変化、よほど注意していないとなかなか拾えないのが難だったりし。

 “贅沢な話ではあるんだろうけれどもね。

 勘兵衛が現在の執筆業という仕事の勝手から日頃の住まいに定めた今の住居は、手持ちの家作の中で最も古い代物であり。古さと広さだけが取り柄な洋館は、先のお話でちらりと述べたように、和洋折衷の凝った作りなのが味があって いい趣き…ではあるけれど。

 「久蔵、急がなくていいからね。」
 「にあvv」

 のんびりとした歩調で歩むは、閑静な住宅街であるご近所を巡る、人通りの少ない街路の一角。サザンカだかギンモクセイだかの茂みが上から覗く、大人の肩ほどの高さのブロック塀が道なりに延々と続いており。とぽとぽ歩むお散歩の連れ、小さな仔猫がその上を危なげなくとてとてと進んでいる。平衡感覚がずば抜けていることくらいは知っているが、それでもついつい心配にはなるもので。昨年の秋、ひょんな切っ掛けから増えた小さな家族。さして大きいということはない七郎次の手でも軽々片手に収まるほどの、メインクーンという種の小さな仔猫くん。まだまだ小さな彼には、屋内の広さだけで十分に、冒険にも足る運動量が得られる反面、自分から外へ出掛けようとしないため、このままでは世間の狭い子になりはせぬかというのが ちと心配。

 『座敷猫として飼うのなら、それでも問題はありませぬが。』
 『そうさな。』

 大きくなればそれなり、自分で外歩きもしだすのではと思わないではないのだけれど。それもまた、ある意味では心配の種だったりするからややこしい。何しろただの仔猫じゃあない。今のところは、勘兵衛と七郎次の二人に限ったことならしいが、だからこそ…一人にだけそうと見えてる妄想や幻なんかじゃあないらしい、不思議な現象。どういうものか、二人にだけは5歳くらいの人の和子に見える。だからなのか、なのでなのか、彼らの言うことはちゃんと理解し、にゃあという鳴きようではあるが きっちりお返事もするし、人と人とのそれのように言った通りの動作も示す。それほど、彼らにとっては“人間の子供”なものだから、そりゃあたくさん話しかけるし、お行儀が悪いと叱りもするし。その延長のようなもの、世間というものも多少は知っといて欲しかったりするのが親心。

 “……親心、ねぇ。”

 今のところと限った話なのは、彼との同居を始めてまだまだ数カ月しか経ってはないからで、この先、他にもそう見える人が現れないとも限らない。

 『…隠してちゃあいけませんか?』
 『その事実をか? それともこの子をか?』
 『事実のほうです。』

 そんな奇妙な猫なこと、知って驚かぬ人はいなかろうから。そういう人が現れそうなことへは警戒したいと、つい思った。だって、自分たち二人にだけというのが、七郎次には何とはなく嬉しい要素であったから。分別盛りな壮年になろうかという手前の年頃、十分に落ち着き払った大おとなである勘兵衛が。伏し目がちになっての口許和ませ、お膝に抱えた小さな仔猫に玩具代わりの手をゆだね、存分に遊べと戯れさせてる優しい構図。こんな眼福を独占出来てるこの最近は、ここ数年のうちに少しずつ抱えて来ていた、消化されないジレンマのようなもの、すっかりと忘れ去ってもいられてて。

 “ジレンマ、か。”

 彼が資産として親から引き継いだ様々な家作の監理や、作家としての版権その他の管理をこなす身となり、いつもその傍らにあることを常とするようになって、もうどのくらいになるだろか。親しいからこそ、信頼をおいてもらえているからこそ得られた立場ではあるが、そうとなったその日を境に…それはあくまでも秘書役としてだと、殊更に意識するようになってもいて。親が世話になったという、由緒ある家柄の宗家筋の末裔だと紹介されたのが、勘兵衛との最初の出会い。育ちの良さからか浮世離れしたところもなくはなかった彼は、ちょっと頑固だが誠実で優しくて、文武に長け、大人受けのいい優等生で。当時、七郎次が熱中していた武道の先達でもあったことから、あっと言う間に魅了され。それから始まった付き合いの中、世間知らずどころか、奥行きの深い人性をしている彼に、惹かれるところを次々見い出すうち、呆気ないほどたやすく、後戻りの出来ない“好き”に捕まってしまい。それを自覚した途端、はっとした七郎次の総身を満たした想いは、

  ―― 畏れ多いという感情だった。

 男同士だという禁忌もあったが、それ以上の観念として。素晴らしい人、掛け替えのない人という、大きな憧憬から始まった好もしさは、彼への過分な馴れ馴れしさや振る舞いを自身へさえ許さないという重たい枷、思わぬ形で七郎次へも課して久しくて。

 “……。”

 彼にとっての自分が何であるのか、どのような価値を持つのかを、確かめるのが怖いだけなのかも知れない。ああそんなにも、自分は…自惚れや虚栄心が大きい、浅ましい人間なのかなぁ…と。そんな風にまで思っては、陰鬱な溜息が止まらぬことも多々あったのがそういえば、このところはとんとお見限り。

 「みゃあっ、みゃあっ♪」

 鼻歌のつもりか、時折愛らしい声で鳴きつつ歩き続ける、小さな連れの無邪気さに。我に返った七郎次、やくたいもないことを考えるのは辞めにした。保護者がぼんやりしていてどうするかと思い直したからだったが、

 「ご機嫌だねぇvv」

 一丁前に平均台の上でも渡っているかのように、寸の詰まった短い腕を左右に広げ、ほんの10センチもなかろう塀のうえ、平地と変わらぬ調子で歩き続けている久蔵で。彼にはそうと見える、五歳児くらいの幼い子供には、到底出来ないことではなかろうか。最初は散歩と言いつつも七郎次がその腕へと抱えていたのだが、塀の上で躍っていた、何の木かの枝に誘われ、抜け出したいようなもがき方を見せたので。まま、ご近所であるのだし、この通りには庭先で犬を飼ってる家もなし。よほどのパニックにでもならぬ限り、突っ走っての迷子もないかと判断し。腕を緩めてリードも緩め、好きにさせたところが…塀へと乗っかり、そのまま歩き出したという次第。先だっては樹の上で往生していたが
(笑)、ああまでの極端な高さでない限り、このくらいの高さは平気なようで。

 「向こう側には落ちないでおくれよ?」
 「にあvv」

 どこまで通じているのやら、いいお返事をして とてとて進む。一体どういう仕掛けなものか、家の中にいるときは白い靴下ばきの彼だが、そこは猫だからか外へ出てもそのままで。靴を履くでないのは已を得ないが、でもでも不思議と堅いだろう足元を少しも嫌がらないし、その靴下も…水たまりや泥道でも踏めば別だが、それ以外ではあまり汚れないままで。普通の猫にするように、絞った雑巾で軽く拭く程度で、下ろしたてのそれのよに、元通りの白さが戻るから摩訶不思議。

 “人のように扱うのこそ、周りからは妙なことのように映っているのかなぁ?”

 でもまあ、ペットを家族扱いする人は珍しくもないのだし。事実、愛玩動物なんかではなく、人生の“パートナー”とする傾向も、広がりつつある昨今で。懇意にしている編集の林田くんにしても、七郎次や勘兵衛が彼へと見せる“人扱い”の過保護ぶり、呆れこそすれ、咎めだてしたり奇異なことよと一線引くまではしちゃあいない。

 『大人二人だけでは会話も少なくなると言いますから、
  丁度良かったんじゃあありませんか♪』

 そんな…子供が独立して手から離れてったばかりの夫婦ものへのような、妙に具体的な案じようをしてくれたのが。七郎次のみならず勘兵衛からも、ちょいと失笑を誘いもしていたようだったけれど。

 「…にあvv」
 「それは確かビワの木だよ。随分と背が高いけど、葉っぱで判る。」

 時折立ち止まっては、塀へと伸びてる枝へ鼻先を近づけてみたり、風に揺れるのが生きてるように見えるのか、小さな手でちょいちょいと、おっかなびっくり攻撃してみたり。そんな風に戯れる様を手持ちの携帯の写メへと収めては、度の過ぎるちょっかいは出させぬようにと、手を出して宥めもって歩く七郎次自身が、実は結構 人目を集めていたりもし。

 「…あら。///////」
 「お散歩、かしら。」

 無論、買い物にと商店街までを通ることもある道だから、そんなおりの姿を見受けてのこと、彼がここいらの住人だってことは皆々様も御存知だけれど。壮健な若者の、さっさかと颯爽とした足取りだとあっと言う間に通り過ぎるものが、仔猫の散歩にというのんびり歩調のお出掛けだと、何が違うってその姿をじっくりと見ていてられるところが違う。どうやら生粋のそれらしい、何とも自然な金髪碧眼ではあれど。長身で切れのいい所作が、何ともスマートな美丈夫でもあるけれど。頬も骨張らぬままのするんとなめらかな、優しい造作の面立ちをしているから、ハーフかクォーターか、純粋な西欧人ではないらしい…とか。お散歩にと連れているメインクーンの仔猫は、どうやらミックスであるらしく。それが証拠に、いつまでもいつまでも毛糸玉のような幼い姿のままであり。ああでも、血統書つきだからってそのまま可愛い美猫だってことはないっていうし、あたしはあの子のほうが可憐だと思う、あら私も…と。既に結構な評判になってもいる模様。今日は普段着風のショートコートにワークパンツって恰好だけれど、時々はスーツ姿で車に乗ってるところを見かける。ほらあの洋館に同居している、ちょっと気難しそうな学者先生だかご隠居さんだかの秘書をなさっているらしくって。ご隠居さん? だってあの方、結構なお年でしょうに。あらそうかしら? 確か…まだ四十代のはずだけど。ええ〜〜、それ本当? だって、ウチの娘が有名な小説家だとか言ってたし。まさかまさか、そんな有名人がこんなところにひょいと住んでるものかしら……。

   以下、割愛。
(苦笑)

 そうまでの噂になるほど注目されているというのに、まるきり気づいちゃいない七郎次もまた、実は案外と世間が狭いのかも知れず。こうやってお散歩している間も、周囲へは全く目もくれない彼なので、自己への評価が随分と手厳しい性分なのは、そんなところも起因しているのかも知れない。今日はまだまだ暖かいお日和で、コンクリートブロックも多少は暖められているものか。その上へちょこりと腰掛けた小さな坊や、行く手を阻んで通せんぼしている梢を、小さな手を延べ、しきりと撫でていたけれど、
「…にあ?」
 ふと。何が見えたか瞬きをして見せ。そのまま、彼には結構な高さがあろう、塀の上からひょいっと、バネを生かして軽々飛び降りてしまい。

  ―― えっ?

 まま、こういうとんでもない飛び降りようへは、いくら何でもそろそろ慣れていた七郎次だった。ただ、小さな坊やがお見事なバランスの下、柔らかな着地ですとんと路上へ飛び降りてのそれから、保護者の七郎次のほうではなく、進行方向である前方へ向かって駆け出したので。そしてそちらから、歩いて来る人の姿があったので、どういうことになるものか、一応は想像力が働いての慌てて後を追った先、

 「こら、久蔵…っ。」

 小さな坊やが小走りに駆け寄った姿は、さも当然にお母さん目がけてという駆けようを思わせて。それでだろうか、僅かながら出足が鈍った七郎次の目の前で、小さな坊やはそちらからやって来た人物の足元へと辿り着く。小さな腕を広げ、ぱふりとまとわりついた態は、自分には何とも可憐なそれだったけれど。
ああ普通の人にはどうなって見えているものか。毛糸玉のような仔猫が突然飛びついては驚かないか? あまりの小ささに見えてもないか? だが、それだったら不意に何か触ったと驚いて、反射的に……、

 「わ…っ! あのっ、どうか蹴るのだけはよして…っ!」
 「まあ、かわいい仔猫ですこと。」

 懸念した惨事は起きなかったので善しとして。だが、ひょいっと それは気さくに屈み込んだその人は、ほとんど黒に近いほど深みのある藍地の小紋の訪問着に和装用の外套を羽織っておいでという、そりゃあ完璧な和服姿だったので。
「あ、あの…お着物を汚してしまったんじゃあ。」
 自分へと駆けて来たのからして気がついていたようで、すぐにも屈み込むと小さな仔猫を嬉しそうに、手際良く抱き上げた彼女ではあったが。それでも…一瞬だったとはいえ、久蔵が足元へまとわりついたのは事実。セメントのブロックの上を歩いていた彼だったので、手足が白っぽい砂にまみれていたのは明白で。濃色の着物が相手では、あっさりと汚れたに違いない。自分がちゃんとついていながら、リードだってつけていて、なのに。そのような事態を招いた不手際に、申し訳ありませんと項垂れての声をかけたところが、
「ああ、構いませんわ。このくらいは普通に外を歩いてたって付いてしまう範囲のことですし。」
 にぃっこりと微笑い、なめらかな動線で立ち上がったその所作の、何とも優雅であったことか。さりげない動作1つではあったれど、勢いや流れに任せぬしっかとした頼もしい強靭さでもって支えられた足腰があればこそという、安定した美しさであり。

 “…この人。”

 そちらへの知己が多い七郎次には、日舞か何か身につけているお人ならしいことがあっさりと知れて。小さな仔猫、いやさ、彼には坊やに見える存在を、そりゃあ上手に懐ろへと収め、余裕で抱き上げておいでの様子がまた、

 「あの…もしかして猫を飼ってらっしゃるんですか?」
 「あらあら、判ります?」

 もっとも こんな風に素直に抱かせてくれない、も少し大きい黒猫の、ちょっと気取った子なんですけれど。そんな言いようをして、もう一度嫋やかに微笑った美しい人。和装に合わせて、つややかに瑞々しい黒髪を優しい形に結い上げてらして。すっきりとしたうなじの細さが際立った衿元は、そのままなだらかな細い肩へと連なり、何とも言えぬ典雅な趣き。小さな巾着の手提げだけという手荷物のなさから、そうそう遠くからおいでのお人でもないようで。とはいえ、お正月も明けて久しい頃合いだから、着物姿なのは畏まったときじゃなくとも好んでお召しな人なのか。それにしても、

 “そう、それにしても…。”

 小さな坊や、まだそんなに多くの人と接した機会があった訳じゃあないので、そんな少ない蓄積で人見知りするのかどうかを断じることは まだまだ出来ないのかも知れないものの。それにしたって…初対面に違いないこの人へのこの懐きようはどうだろか。自分から手を伸ばしてお袖へ掴まっており、綺麗な白い手で髪を撫でられると、ふにゃいと身をすくめ、それがご褒美であるかのように、甘く甘くお顔をほころばす様子の何とも嬉しそうなこと。どちらかといや、この自分と同世代くらいだろうから、まだ二十代そこそこか。ということは、母親やお年寄りから感じるような汎性の安定感に惹かれた訳でもなかろうし。そも、勘兵衛や自分へ初対面から懐いていたような子であり、それに引き換え、出先でかわいいかわいいと女性から構われても、大人しくしてはいるものの自分から懐いていった試しはないから、女性だからというだけでは慕う理由になるまいし。

 “猫好きな人からは、猫へもそういう何かが伝わるんだろうか。”

 何とも不思議な様相に、何がどうして…と呆気に取られている七郎次の注視にも気づかぬらしい久蔵だったが、ふと、その視線を上げると、その女性の肩あたりへお手々を乗っけて。よいちょと小さな肢体を伸ばす。ああこれこれと、そろそろ引き取ろうとしかかっての、彼女との間合いを詰めた七郎次にも、久蔵がそうまでして見やった先が見通せて。そして、

 「あ…。」

 彼女がやって来た方向の、やっぱりブロック塀の上に、はたと動きを止めた存在が一人いて、

 「あの、もしかして…。」

 失礼ながら、そちらを七郎次が指差して見せ、え?と気づいたそのまま、少しほど首を巡らせて背後を振り返った彼女の視野にも収まっただろうその存在は。すんなりした肢体へ質のいいビロウドのような見事な毛並みを載せた、深みのある真っ黒な色合いの大人猫。こちらからの一斉注目に、それこそまるで人間の反応を思わせるような、気後れを含ませた“一時停止”をして見せており。

 「あら、そうですわ。あれがウチの子で…。」

 ぱあっと花が咲いたような笑顔を見せた彼女だったものの、
「……でも、どうしたものかしら。」
 こうまでの遠出じゃないご近所への散歩であっても、後追いする子じゃあないんですのにと。常にはないことらしいのを、不思議なことよと小首を傾げてしまっており。

 「もしかしてお迎えに来てくれたのかしら、ヒョーゴさん?」

 目許細めてにっこりと微笑った彼女へ向けて、小さなヒョウのような気品に満ちたしなやかな黒猫、特に鳴いて見せるでもなく近寄って見せるでもない。少しほど距離を残したところに、陶器の置物のように姿整え、きちんとお座りしてしまい。

 「うわぁ、優美ですねぇ。」

 日本画のモデルにでもなれそうな、品のいい猫ですねぇと。お世辞も何も抜きの感慨を口にした七郎次へ、
「ありがとうございます。」
 家族への賛辞へ素直にお礼を述べたその女性は、だが、
「でも、モデルなんてとんでもないですわ。そりゃあ気位の高い子で、人の言うことなんて聞きゃあしませんもの。」
 困ったことよと言いながら、それでも楽しそうな笑い声を立てるお人なので。その、言うことを聞かないという態度でもって、誰ぞかに意趣返しでも果たせたような何かしらを伺わせ。お淑やかそうな見栄えに反して、結構お侠
(きゃん)な人なのかも。一方、

 「〜〜〜vv」

 その女性の懐ろから身を乗り出すようにして、そちらの黒猫様を興味津々見やっているおちびさん。七郎次には直接見えなんだが、愛らしい尻尾をくりんくりんと躍らせており、好奇心を盛大につつかれまくっていたらしかったが、

 「あらあら、坊やのほうは関心がお在りのようだけれど。」

 でもごめんなさいね、あの人、猫へも人見知りしてつれない子なの。そんな風に済まなさそうな言いようをし、久蔵の小さな肢体をそおと両手で抱えると、七郎次へと差し出した。そして、
「私、駅向こうの呉服屋の者なんですよ。」
 巾着から取り出した名刺をくださる。そこには和風の書体で“蛍屋”という屋号と、女性の名前が刷られてあって、
「こんなところでお商売するつもりもありませんが、何かでお着物への御用がお出来になられた折には、思い出していただければ幸いですわ。」
 紡いだ言葉のその通り、押し付けるような色合いは一切感じられない清かな口調でそうと言い。微かに小首を傾げるような、柔らかな所作にて会釈を見せると、
「メインクーンの坊やもまたね。」
 七郎次の手元に収まった小さな仔猫の手を取って、さよならの握手をし、それではと踵を返して立ち去る彼女であり。迎えに来たのか後追いしたか、そちらのお宅の子だという黒猫さんはと言えば。塀の上、自分の前を通り過ぎた彼女を見送るように先に行かせて、それから。身を起こすとその後を追うようにして歩き出す。一度たりとも振り向かぬ、きっぱりとした姿は凛としており、

 「……久蔵、どうせなら あんなお兄さんにならなきゃねぇ。」

 彼女が口にした名前から察するに、どうやら向こうも男の子らしいと。それでの感慨、口にした七郎次だったのだけれど、

  「……みゅう。」

 おやおや? 小さな仔猫さん。ちょっぴり気のないお返事をした。抱かれた腕の暖かさへと甘えるように頬寄せながらも、立ち去る二人を見送る瞳は、ちょっぴり物思いの色合いに染まっていたような……。






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 *言い出しっぺなくせに“愛妻の日”系のお話は書けませんでした、悪しからず。
  といいますか、
  何ででしょうか、ウチのシチさんたちは、
  どのシリーズでも あれほど“女房”しているのに、
  どいつもこいつもそこへデンと座りたがらないもんだから、
  書いてるこっちまでが、時々“んきぃ〜〜っ#”となります。
  誰か言ってやってよ言ってやってという感じでしょうか。

素材をお借りしました tora☆7kg サマヘ

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